わたしが生まれ育ったのは、宮崎県の南端に位置する串間市。鹿児島との県境に近く、志布志湾を望む海沿いの村。見渡すかぎりの海と、背後には畑がひろがっていて、潮風と土の匂いしかしない小さな村でした。
当時はみんなが自給自足の生活で、子どもたちさえも競い合うように魚を捕まえたり、山で果物を探したりするのが当たり前。安全な場所には何も残っていないなか、家族の食べ物を見つけることが最重要任務だった私は、他人が躊躇するような危険な場所まで行くしかない。とくに、漁はいつも命がけでした。
ある時、岬から60〜70mほど離れた先の小島へ、岩ガキを採りに行ったことがありました。2歳上の兄と近所の仲間4〜5人で勇んで向かったものの、海の際までいくと、想像以上に潮の流れが速い。どうしたものかなぁと考えていると、ふいに誰かが私の背中を勢いよく押したのです。
「うおぉ〜〜」と叫びながら海に飲み込まれ、心臓が口から出そうなほど慌てました。しかし同時に、さっきまで見ていた潮の流れがすっと頭に浮かんできたのです。「流れに逆らったらいかん。身をまかせて最短距離まで行ったらいいんや」。
見守る仲間たちがどんどん小さくなっていくなか、とにかく体の力を抜いて流れにまかせ、目的地点だけは見失わないように。そして「ここぞ」と思ったところで、一気に泳ぎ出し、なんとか島までたどり着くことができました。
今思うに、他の子たちよりも上手くやれたのは、海の中で休憩できる術を知っていたからです。すーっと大きく息を吸ってお腹を膨らませ、全身の力を抜くと、体は自然に浮いてきます。そうやって潮の流れを読みながら、獲物がいる場所を探すのが私のやり方でした。
今日を生きるということが当たり前ではなかった当時、頭を働かせて知恵をしぼり出すことが、自分を守る唯一の方法でした。冬の寒い日には、枯れ葉をたくさん集めて服の間に詰め込むと暖かくなる。飼っている猫は首に乗せると、あたたかいマフラーになってくれます。
そうやって子ども時代に身に着けた「知恵を働かせる力」は、大人になって働き出してからも、ずっと自分を助けてくれました。
集団就職で都会に出てからも、お給料の全部を仕送りしていたので、自分の手元には何も残らない。生きていくためにどう稼ぐか。雇い主に、店の売り上げが5万円だったところを「10万円売ったら、自分に千円くれますか?」「いいよ、2倍にできるならあげよう」と。
約束をとりつけた私は、お客さま一人ひとりに「ありがとうございます!」とニッコリしながら、小さなおまけをサービスすることにしました。しばらくすると、お店に長い行列ができ始め、「この間のお菓子、おいしかったよ。同じものをちょうだい」といって、1〜2ヵ月もしないうちに、売り上げが倍増したのです。
店主は大喜び。約束通りにお小遣いをもらえた私は、それを生活費にあてることができました。
現在のようにものが溢れている時代では、なかなか想像しづらい話かもしれません。しかし、今日を生きることに必死な状態、自分で何とかするしかない土壇場に追い込まれると、思いも寄らない知恵が出てくるのかもしれません。
「何も持っていない」。これほど人を強くすることはないと、今も思います。
0120-221-071
0798-72-1846
0120-221-071
0798-72-1846