ケーキハウス・ツマガリ:甲陽園のお菓子工房

  • カタログご請求
  • メインコンテンツにジャンプする

ツマガリ社長について

講演内容

「商品の力、ケーキハウスツマガリ」商業人の総合雑誌「商業界2004・9月号」より

前のページに戻る 2/2 

金がなければ知恵が浮かぶ、人がやらないことはビジネスチャンス

生菓子のショーケース

1995年1月17日の阪神淡路大震災で街中ぺしゃんこにつぶれてしまいました。しかし私は、取引先への支払い、社員の給料は遅れることなく振り込みました。

店は外形を残し中はガチャガチャ。でも社員は全員無事でした。街中パトカーと救急車のサイレン音が鳴り響き、水もガスもない状況で、水はパイプを引っ張って入れ、ガスはプロパンガスのボンベを運んで、売上が上がろうが上がるまいが、1週間後には店を開けました。

人がやらないこと、できないこと、それはビジネスチャンスになりますから。何もないと知恵がわく。なんでも明るく考え、15歳で九州の宮崎から上京して、人の嫌がることでも肉体労働でも何でも「ハイ!」と返事して進んでやった。おかげで体力は人の5倍あるから元気いっぱい。元気だから、「売れなかったらお客さまを引っ張ってくればいい」とマイクを持って神戸の路地に立って一日中大声でしゃべった。
「ケーキハウス ツマガリが震災のお見舞いに参りました。ケーキハウスツマガリは甲陽園にあります。作りたてのシュークリーム、ショートケーキを用意しております。つぶれておりません、元気です。みなさん、どうぞ来てください」と言って、クッキーを500万〜600万円分配りました。すると3カ月後、お客さまが引きも切らず来店し、1日250万〜300万円売れ、震災の年の3月はこの店だけで7000万円売りました。

この時、お菓子は人の心を和ませるものだということを思いました。一日中マイク持って大声でしゃべっていて、夜7時くらいになると店の宣伝を止めて、「火の用心!空気が乾燥していますから、火の元に十分注意してください」と言って回ったんです。
泥棒が横行しているから、大きな声を聞くとみんなホッとするんです。誰も文句を言ってくる人はいない。火の用心という言葉に意味があるわけではないんだけど、元気な声をだして景気づけしていったんです。
こんなことを言って回っているうちに、1日5万円ずつ売上がアップしていったわけです。本気で一生懸命売ろうと思えば、売れるということです。
甲陽園は偶然不動産さんに紹介していただいた場所。もし違う場所なら違う商売の仕方をしていたと思います。

無理しない
万人に合わせず自分のお菓子を確立したい

お店の玄関にはいつも花を欠かさない

私は、今から19年前、35歳になった時やっぱり自分でお菓子が作りたくなったのです。自分のお菓子を確立したかったんです。ちいさくてもキラリと光る店にしたいと思ったんです。だから、素材にこだわりました。
本店でしか売らない生ケーキは、私の生き方(=お客さまを喜ばしたい)です。生ケーキはご来店いただいたお足代です。原価をいくらと考えて作っているんではないんです。チョコレートケーキはトリュフチョコレートを使い、スポンジの台はヘーゼルナッツの実をつぶして作っています。小麦粉は使っていません。コーヒケーキの上にのっている生クリームには砂糖しか入っていませんから、生クリームの味がフワーッと口に広がります。生クリームは搾乳してすぐ加工していますから生きていておいしいんです。自然のものは自然が味付けしてくれる。人間は最低限手を加えるだけでいいんです。
味覚は私に合わせます。お客さまに味覚を合わせることはできません。わたしが40歳なら40歳の菓子、50歳なら50歳の菓子になります。年齢とともにいらんことはしたくなくなり、本質に近くなってシンプルにいい素材を追求したくなる。

1000人を相手に、全員においしいと言われることはあり得ない。みんなに合わせたら、個性がなくなる。「お客さまのニーズに合わせる」というのは私は間違いだと思うんです。
社長あるいは責任者のセンスに合わせるそれが個性です。万人に合わせるのは無理。無理せんことです。私はお菓子作りが好きだし、好きなことは苦労ではない。すべて命あるものに命をかけていくと生きてくる。キーワードは、自分のやる仕事が好きか、ということ。私の一番の気付け薬は、お客さまの「おいしい」の一言です。
これからは、お菓子を愛し、人を愛することのできる人間にバトンタッチして、ケーキハウス ツマガリの味を伝承していってほしいと思っています。

前のページに戻る 2/2 

メインコンテンツに戻る