ケーキハウス・ツマガリ:甲陽園のお菓子工房

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ツマガリ社長について

講演内容

オンリーワンを目指して-こだわりの経営戦略-「キーワードは人間味〜小さなお店の大きなブランド戦略」神戸市産業振興財団主催講演会

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そして甲陽園へ

ツマガリ社長と家族

東京の出店を軌道に乗せてから大阪に帰ってきたんです。そこで勉強になったのは、商売の根源であるパワーが大事ということなんです。気質も大事ですが、パワーがないとダメ。エネルギーがないと、やっつけるパワーがないとだめです。熱心にやれば、売れないものでも売れるんです。やる気が大事ですね。このときが35歳です。

会社(アンテノール)をまだまだ大きくしていかなと思っていたんですが、嫁さんがお菓子屋の商売をしようと言うんです。社員が300人おるわけですから、なかなか決心がつかなかったんですが、娘が喘息気味で調子が悪かったもんですから、残りの人生はお前たちのために頑張るわと。人生を遊びで暮らそうかなと思って。そのとき甲陽園に、たまたま連れていってくれたんですが、それが運なんですね。

店を決めるとき、この場所がどうの、効率がどうの、売れないだの、考えたらおしまい。迷ったらおしまい。でも「やる」とは言わない、駆け引きがあるから。不動産屋さんが「先客が5人おるんです」と言うんですよ。まだ柱だけで見たら洞穴。階段が9段下がっている。坂の道からの9段ですよ。それが借りたいという先客がおると言うんです。こんな所にまた珍しい人がいるもんだなと。こんな洞穴に敷金が1,800万円なんです。僕の資本金が敷金で全部とんでしまうなと。それで先客に譲りますわと言ったんです。先客に欲しい人がいるんだったらお譲りしますと。そうしたら「いや待ってくれ」と言うんです。「でもパン屋さんか何か知らないが、人を押し退けて取りたくない」と。すると今度は取ってくれと言うんです。そして敷金はいくらでもいいと言うんです。1,500万円と言うと、「はいそれで」というわけ。そこで手付金をくれと言うんです。持ってないのに、あるだけでいいからと。そこで2〜3万円手渡すと決まってしまったんです。

その場所に友達を連れてきたら慰めてくれるんです。「津曲君の元気があったら、5年後には20万円いくかも知れん」と。「君はエネルギーとお客様を喜ばせる技術は待ってる。だけどこの街はお菓子やさんだらけなんや、苦楽園、芦屋と。」そう言われて、僕もクリスマスに見に来たんです。するとシーンとしてるんです。これは難しいなと思ったけど、もう工事にとり掛かっている。

デザインの先生に「ここはデザインしやすいですか」と聞くと、デザインしやすいから面白いと言うんです。それで設計図をみたら、僕の仕事場が1坪なんですよ。17坪やから16坪を喫茶にしているわけ。「先生、僕は菓子屋なんや。喫茶はいらないんや」と。

20年間、菓子屋一筋で来たんや。その先生、僕のパワーを知らないんや。「津曲君、ここは売れないんや。俺がよく知ってる。この上に住んでいるんやから」と。

なんであちこちから借金してやっているのに、先生に頭を下げないかんのかな。先生が全然、言うことを聞いてくれないんや。「デザインは任せますから、厨房は大きくしてください」と言ったら、「あかん」言うんです。オーブンは玩具のオーブンや。「でっかい電気釜が欲しい」と言うたら、「これで充分や」と。家庭用のチンというやつ。僕にどこかの喫茶店のマスターをして欲しいみたいなんや。それで、絶対に10万円以上は売上がいかんと言うんです。コーヒーの売り上げでいきなさいと。

そして付き合っていた公認会計士が、従業員は一人も入れたらあかんと言う。マイナスばっかり。経営診断してくれて坪効率から計算すると、「あんたが作って、奥さんが売る」。従業員は奥さんだけと。

今まで300人の従業員に「社長」「社長」と言われていたのに、もうやめた。それで製菓技術者という名刺にしたんです。社長は何人も従業員がいて、はじめて社長やから、それ以来、製菓技術者にしたんです。

店を始めると案の定、はじめは8万か9万円のスタートでした。肩に力を入れ気合を入れてやりました。僕もお菓子をつくりながら喋ると唾が飛ぶから、アルバイトを雇って「お前は俺の影法師になれ」と、お菓子をつくっている僕の後ろに立たせて「いらっしゃいませ」と言わせてたんです。

そうこうしているうちに年配の人が店に入ってきて、「おい、耳を貸せ」と言うんです。顔を貸せというのは分かるけど、その人が唐突に「ここはお前、流行る」と言うんです。まだお客さんがバラバラのときです。あるときは東大寺の金屏風に絵を描く人が、「気」が立っていると言うんです。一度会いたいと思っていたがと。気合を入れて絵を描きたいが描けないので、会ってくれと。(津曲社長の)顔をみた瞬間にそれがあるから、「俺はついている、何かメラメラと燃えている」と、僕の顔をみて言うんです。

そう言われると、僕も寝とられへん。寝るのは風呂だけ。夜中の12時まで店を開けてました。すると近所から文句が出て、「いつまで開けてるねん」と。あの時分、通りは真っ暗だったので、女の子が夜道を歩くのに暴漢に遇うたら可哀相やと思って電気をつけてたんです。変わった奴が「電気を消せ」と、夜中にわざわざ言いにくるんです。そういう人は商売を絶対にしたらあかん。サービス精神がない。

店を12時に閉めると、10キロぐらい走り廻るんです。そんな感じで始めました。それで(ツマガリから)出ていった奴は、「TVチャンピオン」に出てチャンピオンになった奴が2名います。テレビに出ても僕に仕込まれているから、よその会社と競っても演芸大会では大概うちがナンバーワン、負けたことがない。大河ドラマから即興まで何でもOK。「(津曲)社長すみませんけど、即興でリュックサックを背負って裸の大将してくれませんか」と言うと、その瞬間になってしまう。ランニングシャツ姿で傘さしてにわかづくりの演技がでさるんです。平気でなれるように若い子たちを指導しました。テレビでチャンピオンになると平気でできるんですよ。

そうしてここ(ツマガリ)から出ていった連中は、誰一人落伍者がいない。一人残らず皆成功しています。何でもできます、裸で踊れるから。何でもはずかしがらないように、気合負けせんようにね。そうやっているうちに店がドンドン伸びてきて、毎年1億円伸びてきたんです。たいしたことない菓子なんですけど、自慢する菓子でもないですけど、お客さんに喜んでいただいています。いまはこの店(本店)と(神戸・大阪の大丸)百貨店に出しています。

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