ケーキハウス・ツマガリ:甲陽園のお菓子工房

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ツマガリ社長について

講演内容

オンリーワンを目指して-こだわりの経営戦略-「キーワードは人間味〜小さなお店の大きなブランド戦略」神戸市産業振興財団主催講演会

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チャンピオンに

4年間一生懸命やりました。当直が順番に回ってくるんですが、当直が友達の番になると「津曲君、当直をしてくれたまえ」と、皆に頼まれるんですよ。夜中の12時に各部所をチェックして廻って、備考欄に「今日はどこどこに煙草の吸殻が落ちていた」と書き込むわけです。お陰で2回ほど火事を発見しました。冷蔵庫のコンプレッサーのベルトが空回りして、火事になりかけたのを防いでいます。でも、その会社は後々なくなりました。

僕が働いていた頃は最高の材料を使っていました。大学を出た息子さんが後を継がれたときに、何故か知りませんが、美味しくない材料を仕入れて。フレッシュバターを使っていたのにマーガリンに変えてしまった。最高の生クリームを使っていたのにトッピングの生クリームに。形は生ケーキでしたが、味は全然違うものになって、最後にはお客さんがいなくなったんです。

大学を出てあまり頭で計算ばかりすると会社は恐い。計算が先にあってお客さんを喜ばせることをしない。自分のことばかりで、お客様のことを考えることを忘れているわけですから。

僕はそこで4年間働いて一生懸命やった。僕も次のことにトライしたいと思ったときに、九州の先輩が大阪に創業して8年目ぐらいの会社(エーデルワイス)がある、社長も30歳チョットだからどうやと。僕も若かったので、入れていただいたんです。

それが今の嫁さんと結婚するキッカケになったんです。そこで働いたときに勉強になったのは、皆、夜中の3時まで勉強してるんです。デコレーションの勉強ですね。僕はあらためてこの人たちは凄いなと。毎日3時まで練習している。「お前もコンテストに出ろ」と言われて、1週間ほど練習して出たんですが、さすがに練習不足ですからビリでした。中には1位を取った人もいます。でもコンテストが終わると、その次の日からバタッと練習をしないんです。ということは、コンテストの期間中だけ勉強してたんです。

僕はビリやったんですが、分からないなりにも悔しかった。そこで「何か一番になる方法はないですか」と社長に聞いたら、365日一年間、一生懸命にデコレーションを描いて、今日描いたやつを写真に撮り、次の日も写真に撮って、365日後の写真と最初のを比べてみてみろ。全然違うから、別人になるからと言われたんです。

それで1年後にデコレーションのコンテストに出たら、チャンピオンになったんです。チャンピオンというのは気持ちがよかったですね。学校時代は職員室に立たされていた者が、表彰状を初めていただいて感動して、来年も取りたいなと思うようになってきたんです。

それまで、こうして喋るのは下手だったんです。口ごもって赤面症で。この世で何が一番大事かなと思うと、宗教も大切ですが、自分自身に自信を付けるのが一番いいみたいですね。それと自己暗示をかけるというんですか。「凄いんだ」と、「凄い」「凄い」「凄い」と。目が覚めると立派な男になっているとか、やたらといい方にとるんです。コンテストでチャンピオンになろうと思ったら、自分に自己暗示をかけないと。自分がメンタル面で潰れて、気が小さくなって手が震えると、どんなに腕がよくてもできません。手が震えると描けません。

僕は震えがとまる方法を研究しました。人間はあがると手が震えます。腰が抜けるぐらい震えます。そこでメンタルを勉強しました。あがらない方法は、馬鹿ができるよう恥をかくことやな。

優勝したもんやから、皆が乗せるんですよ。優勝カップにビールをついで3リットル、大ビンで3〜4本を、一気一気と言うもんだから、分からずに僕も飲んでしもうた。どうなったと思います、商売とは関係ありませんが、10メートルぐらいビールが飛びます。初めて知りました。ビールを3リットルー気に飲んでも酔いません。酔う前に戻します。胃の中で火山が爆発したみたいに、ピューと飛びます(笑)。

海外での修行

入社してから2〜3年たったとき、チャンピオンを連続して取っているときに、「お前、ヨーロッパに行かんか」と言われたんです。

僕が入ったときには、先輩が90人ぐらいいたんですが、僕は漢字も知らんのに、「英語の勉強は無理ですよ」と言いました。でも、よくよく考えるとスイスという国は英語を使わんのです。ドイツ語だったんです。ドイツ語のABCも知らないのに行ったんですが、でもそこで活躍したのがジェスチャーなんです。身振りでどれだけわかるか、効き目があります。日本語だけでジェスチャーするんです。

レストランに行ってニワトリの真似をして「コケコッコー」と言うと、これもドイツ語とは違うんです。牛の鳴き声も「モーモー」とは違う。海老固めをして「海老」を示したりして。するとレストランの隣の人が喜んで喜んで、仲間になろうとビールを飲ましてくれるんです。とうとう朝まで飲まされて、でも言葉は全然通じんのですよ。

結局ね、馬鹿ができると喜んでくれるんやな。(メジャーリーグに挑戦した)新庄はできるんですよ。彼もアーウー言うてるだけで、エネルギッシュな姿勢だけで頭を使わず身体を使って、飛び込んでいったんです。

当時、僕は配合が書かれへん。ドイツ語というのは難しいのでスペルが書けんのです。手が進まない。とうとう友達に、・・・いうても日本語しか喋れないから友達かどうか分からんのですが・・・切腹の真似をしたんです。

「日本に帰って配合が書けなかったら死ぬんや、どうか助けてくれ」とジェスチャーしたんですよ。書いてくれんかと。そしたら配合の虎の巻を一冊書いてくれました。

偉い男でした。帰ってきてアンテノール(エーデルワイスの別事業部門)という会社をつくったんですが、その配合帳が基礎になりました。真剣勝負で頼んで書いてくれた配合帳が、前の会社アンテノールを助けてくれました。お菓子の基礎です。

その当時、日本ではフランチャイズの花盛りでしたが、ヨーロッパは、素材がいい、これからの時代は素材だ。日本でも時代が変わる、お菓子も変わる、いい材料を使わないとだめだと言ってアンテノールが生まれたんです。

最初は苦労しました。いい材料を使ってもなかなか売れません。それまでお客様にマーガリンのようなお菓子ばかり食べさせていたから、急にフレッシュバターを使っても分からないんです。美味しいのか、不味いのかが。和菓子ならわかります。しかし、洋菓子は、まだ日本の文化として認知されてない。今ようやく日本にも定着して、洋菓子というものが日本の文化の中に溶け込んで、日本人が作った独特なお菓子が少しずつ生まれてきてます。そうなるまでは大変でした。

こういう材料を用意しろと言っても、材料屋さんが持ってないから、材料屋さんから商社に頼むんです。でも日本の商社というのは凄いですね。商社というのはどんなものでも持って来ますわ。栄枯盛衰の厳しい世の中にあっても、日本の洋菓子が確固たる地盤を築きあげてきたのは、いい材料が入るからです。いい材料は大事です。いい材料を使いきって美味しいお菓子をつくって、お客様に良心的なものを提供していけば流行ると思います。

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