ケーキハウス・ツマガリ:甲陽園のお菓子工房

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ツマガリ社長について

講演内容

「小さくてもキラリと光る店」松宮隆男著「甲陽園」より

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どう美味しく変えるか、レシピは日々書き換えられる

イメージ写真

津曲さんは頭の中で開発研究ができるので、原料の変更と新しい手法を、思いついたらすぐに指示する。そして一週間以内に改善商品が店頭に並べられる。 普通、規模が少し大きくなった会社では、十数名も集まるような開発会議が連続して行われる。そのため、手続きに時間がかかり、一つの新製品や改善商品の開発に半年どころか一年間もかかってしまうことがある。
どこの会社でも、担当者に電話をすると「ただいま会議中です」というのは、このことが原因であろう。
特に洋菓子などはシステムで開発するものではない。1人のクリエーターと1人のマイスター。この2人で充分である。ただ、経験と情熱を持った人でなければならないことは、言うまでもない。

すぐ改善しなければならない問題について、十数回もの会議や各セクションとの調整を要するような会社.そんな会社にほんとうの改善はない。

津曲さんは毎日でも商品をあたらしくできる。

籠と花で飾った贈り物、それが店に彩りを与えている

津曲さんは、自ら中国へ行って籠を仕入れ、それに菓子を入れて花で飾ったギフト商品を開発し、店にたくさん並べている
。 私も企画部長時代、籠・ガラス容器にアート感のある生花を飾ったイタリアの「ボンボニエール」という業態を見て、ぜひモロゾフの店頭に並べたいと企画したが、私の力不足でアイデアは実現しなかった。
当時は右肩上がりの売上拡大中で、「能率の悪いことはやるな」と一笑に付された。その後、社長になって自分が決断できるようになってからも、自らが能率を考えて、美術缶のギフトに終始した。

売上第一主義の古い経営者は、今も店側の都合である能率を第一とした、色あせた店頭づくりをしている。

私は反省を込めて、津曲さんの感性に商売の秘訣を見た。

朝の散歩でお菓子の名前を決める

津曲さんは、朝風呂に入り、ゆっくり散歩をしたかったから、会社の重要なスタッフでありながら、退職して独立したそうだ。
「くり子のタンゴ」「甲陽園の陽子」「十二番坂」「甲陽園の風少女」。これらのネーミングを見た時、センスのよい女性スタッフの発案だろうと思っていたら、「私が朝の清々しい空気の中で考えました」と聞いて、もう一度その顔を見直した。やっぱり温かい優しい顔だった。
楽しく生きようとする津曲さんだからこそ、やわらかな発想が生まれるのだと思った。
童心のココロを持ち、真っすぐで、シンプルで、温かいからこそ、“売れるネーミング”がうまれるのだと思った。無機質で通り一遍の経営手法しか頭にない経営者からは、出てくるはずもない。

※季節の移り変わりを教えてくれる木々や花々。朝のさわやかな空気。そこは絶好の着想の場である。

1日3,000個売れるシュークリーム、その改善に30年間もかかった

奈良や京都、大阪、岡山のお客様がなぜわざわざ時間をかけて「ツマガリ」のシュークリームを買いに来られるのであろうか。「ツマガリ」のシュークリームは、「シューの皮が香ばしく、クリームのマイルドな味がたまらない」と、お客様は絶賛する。しかも値段は150円と安い。(現在は180円です。)
たくさん売れると、つくり手はこの商品は完全だと思って改善をしないのが常である。しかし津曲さんは、30年間売れつづけていても、改良・改善点を見つけて、品質の向上を図ったという。「原料の選択にしろ技術的改善にしろ、日々休んではならない」と彼は言い切る。
どれだけ売れても、決して安心しないことが“小さいけれどキラリと光る店”のあり方だと、気づいた。

※売れ筋商品を十年以上も改善しない。そんな会社に明日はない。

板重洗いや配達その下仕事を我慢してやること

津曲さんは、5年の東京洋菓子店での毎日板重洗いや菓子の配達を一生懸命やったと言う。板重は菓子を配達する時に重ねることができる大きな容器である。洗浄機のない時代、手で何10枚もの板重を洗うのは大変な労働である。また、冷房のない当時の夏の店内は40度を超えていた。汗で濡れるズボンは、擦り切れて破れ、1カ月ももたなかったに違いない。交通渋滞の都内での配達には、様々な苦労があったであろう。
しかし津曲さんは、その時その時に目の前にある仕事を、自分の仕事として一生懸命頑張ったという。その忍耐が後に、苦労をはねのける原動力になったのである。私も入社した頃、会社に車がなくて配達を自転車でしていた。舗装されていない道を車が砂煙を上げて、自転車の横を何台も通って行ったことをよく覚えている。今にして思えば、そんな時期があったからこそ、後の仕事の苦しさに耐えられたことがわかる。懐かしい思い出である。

※津曲さんの若き日の苦労。それこそ現在の宝物である。

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